第10章 ✼(黄)水仙✼
「…………」
うっすらと目を開けると、襖の隙間から朝日が覗いていた。
昨日褥に入った後すぐに寝てしまったのだろう。
こんなに寝たのはいつぶりだろうか……。
俺は結がいないと満足に寝る事すらできないらしい。
もう少しだけこの幸せに溺れても良いだろうか……そんな事を思い、目の前で静かに寝息を立てる結の頬を撫でた時、耳障りな声が俺の耳に入って来た。
「まだ謙信様は起きてらっしゃらないの?」
声だけで俺の神経を逆なでする、「偽物の」許嫁。
(結が起きる前に片付けなければな)
結を起こさないように褥から出ようとしたつもりだったが、俺の腕は華奢な手に捕まってしまった。
「謙信様……?どこへ行かれるのですか……」
まだ寝ぼけているような声の結に優しく言い聞かせる。
「外の空気を吸いに行くだけだ。まだ早いからもう少し寝ていろ」
しかし、必死に芝姫の存在を隠そうとしてもその声はここまで聞こえてきてしまう。
「今日は時間が無いの!早く会わせて頂戴」
その声を聞くなり、結の体が分かりやすくびくっと震えた。
「結。大丈夫だから心配するな」
そう言っても、結は首を横に振った。
「嫌です」
「結」
「謙信様、私が昨日したお願い、覚えてますか?」
昨日の夜の記憶をさぎり、結とした約束を思い出す。
——出来るだけずっと私と一緒に居てください。お忙しいのは分かっています。でも……一緒に居れる間は私の隣に居てください。
「勿論覚えている」
「でしたら私も連れて行ってください。私なら大丈夫ですから隣に居てください」
結は意外と頑固だ。一度決めてしまったら俺が何と言っても自分を曲げようとはしない。
「……分かった。着替えたらすぐに行こう」
「ありがとうございます、謙信様」
芝姫は結を見れば確実に何か言って来るだろう。
絶対に結の心を守ならければならない。
急いで着替えて外に出ると、芝姫は客間の前で女中に詰め寄っていた。