第10章 ✼(黄)水仙✼
私に謝るな、と言われているような気がして、俺は口を噤んだ。
言葉の代わりに、その傷跡に唇を寄せる。
「んっ……謙信様…きた、ないです……」
「もう傷は塞がっているだろう」
首に、背中に、脇腹に。
一つ一つに口づけを落とした。
そして最後は愛らしい口へ。
「んんっ……んぅ…」
何度も何度も角度を変えて、お互いの熱を確かめ合った。
結はこうして俺の隣で今も生きていると実感できた。
「謙信様……」
熱を孕んだ体から、熱い吐息が零れる。
それでも、今はこれ以上は出来ない。
「ダメだ、結。その体では辛いだろう」
自分からこんな期待させるような口づけをしておいて酷い事を言っていると思う。
それでも、傷だらけの背中では肌に何かが触れる度に結が痛い思いをしてしまう。
「でも……」
今日の結は聞き訳が悪い。
久しぶりに想いが通じ合っている夜だ。当然だろう。
「お前が大切だから言っているんだ。お前が痛みに耐えている姿は見たくない。今はこれで許してくれ」
結の乱れた着物を直す前に、傷だらけの中で傷が無く綺麗な肩に赤い跡を付けた。
「……では、一つお願いを聞いてください」
「何だ?」
「出来るだけずっと私と一緒に居てください。お忙しいのは分かっています。でも……一緒に入れる間は私の隣に居てください」
言い終わった後に、結は迷惑だったらごめんなさい、と小さく呟いた。
(全く……この女はどこまで可愛い事を言うつもりだ)
「言われなくとも出来る限りお前といるつもりだ」
頭を撫でると満足そうに笑う姿はまるで……
(兎だな)
猫でも犬でもなく兎に見えるのは、俺が兎をよく見ているせいだろう。
食い下がったり満足げに喜んだり、結といると飽きることが無い。
「今日はもう寝よう」
当たり前のように褥の中に誘うと、嬉しそうに擦り寄ってくる。
その姿も、まるで兎がこちらに飛んできているように見えた。