第10章 ✼(黄)水仙✼
§ 謙信Side §
「傷を、見てもいいか」
「……はい」
首に巻かれた包帯に手を伸ばす。
ゆっくりと外していくと、そこには痛々しく残る傷跡があった。
白く綺麗な肌に不自然に残る傷跡は赤く腫れていた。
「怖かっただろう」
自分で首を掻っ切るなど、主に忠誠を捧げた武士であっても簡単に出来る事ではない。
それでも結は、何でも無かったことのように笑った。
「あの時は何も考えていませんでしたから……分かりません。でも今は生きていてよかったと思います」
結の笑顔に嘘は無かった。
強がりではなく本当にそう思っているのだろう。
「背中の傷も見ていいか……?」
結は小さく頷くと、着物に手を掛けようとする。
その手を優しく制止して、衿に手を掛けた。
今から見ようとしているのは俺が付けた傷。
ならば俺が向き合わなければならない。
——ぱさっ……
着物を脱がせると、そこは首同様に包帯が巻かれていた。
「…………っ……」
肌を覆っていた布の先にあったのは、無数の擦り傷だった。
あの時も、素肌を直接木に打ち付けたわけではない。それでもここまで跡がついてしまっている。
それは、俺がどれだけの事をしたか理解するには十分だった。
「結……」
それが、触れるだけで痛みを伴うものであることはすぐに分かった。
だから、今すぐ治してやりたい。癒してやりたいと思っても、俺にはその傷跡に触れる事すらできない。
すると、結は俺の気持ちを察してか、俺に背を向けたまま手を握ってくれた。
「謙信様。私は貴方に後悔してもらうために傷を見せているのではありません。ただ何も隠さずに二人で寄り添いたいと思っているからです」
結の手に導かれるようにして、俺の手は一つの傷跡に触れた。
「これは……」
擦り傷とは明らかに異なる大きな傷跡。
聞かなくても分かる。これと同じ傷が俺にもあるのだから。
「謙信様にも同じような傷があるはずです。私だってそうさせてしまった事を心の底から後悔しています。でもきっと貴方はそれすらも許してしまうから……だから、お互い様です」