第10章 ✼(黄)水仙✼
「その……芝姫様とは……」
「全てを思い出した今、お前以外を妻にするつもりはない。辛い思いをさせて悪かった」
細い腰を引き寄せると、結は俺に体を預けてきた。
一度は芝姫を正室にしようとしたことを告げても、この時間を噛みしめるように、俺の一言一言に耳を傾けてくれた。
「芝姫様……きっと怒りますよ?」
「その前に俺達を殺そうとした罪で牢に入れられる」
結にはそう言ったが、本当はもっとむごいことをするつもりだった。
芝姫の父の城ごと潰してしまおう。帰る場所を無くして結が味わったような自らの命を絶ってしまいたくなる地獄に落ちてしまえばいいと。
だがそんな事、結は知らなくていい。
嘘は吐かないと約束するから、結を守るための秘密くらいは許してほしい。
「きっと今の私より芝姫様の方が綺麗ですよ?」
意地悪めいた笑みを浮かべて、結は空に手を伸ばした。
「元々自分が美しいなんて思ってません。でも、今の私は食事も摂らないせいでこんなになってしまいました。自分で決めた事で自分を壊してしまった」
「結……」
「これでは貴方の妻となっても守るべきものを守れない。私は越後の人々を守れるくらい強くなりたい」
伸ばす腕は、掴むだけで折れてしまいそうなほどに細く、力が入るとは思えなかった。
それでも心の中にある意志の強さは計り知れない。
「ならば、俺がお前の分まで民を守ろう。お前はそんな俺の事を守ってほしい」
本当に強い者は自分の強さに気付かないのかもしれない。
だからこそ、もっと、もっとと求め続ける。
結自身も、その笑顔にどれだけの人が救われているか知らないだけだ。
「いつまでも謙信様に頼っていたくはありません……」
「俺を支えるのも並大抵の事ではないと思うがな。大丈夫だよ。お前は気付いていないだけで沢山の人を守っている」