第10章 ✼(黄)水仙✼
「は?」
思わず声が漏れた。
てっきり、領地を渡すか金輪際織田軍に戦を仕掛けるなと言われると思っていた。
「結を俺の妹にする。織田家の娘と上杉が一緒になれば俺の目的の為にも役立つからな」
言っていることは分からなくもない。
上杉と織田が仲良くやっていると知られれば、信長の目指す天下統一にも一歩近づくだろう。
だが、それなら同盟でもいいはずだ。
「結局はお前も結に甘いのではないか」
目の前の男は本当に魔王と呼ばれている男だろうか。
結は今のままでは織田家ゆかりの姫のまま。
俺と一緒になるには、後ろ盾があるそれなりの身分でないと余計に命を狙われてしまう事もあるだろう。
なにより、戦をすれば結が悲しむ。
この男がやっている事は、全て結の為だった。
「結は良いと言っているのか」
「ああ」
「なら、俺も良いだろう。俺はたいして天下統一に興味は無い」
……ただ、信長を恨んでいるあの男との同盟は解消しなければないらない。
例えそうなったとしても俺は結を諦めきれない。
「ならば行け。お前が俺を兄と呼ぶ日が来たのなら、それもまた面白い」
「気色の悪い事を言うな」
「ふっ……。結の心を取り戻せたその時はそのまま越後に連れていくがいい」
信長は満足したように、笑いながら来た道を戻っていった。
(愛する女に会うのが怖いのは初めてだな)
静かに襖を開けると、そこには、俺に背を向け部屋の奥で月を眺めている女が一人。
「結……」
姿を見るだけでこんなにも愛おしい。
髪が少し伸びたな。
結の綺麗な髪を夜風が攫った。
そんな風でさえ、今の俺には冷たく感じる。
「その声……」
振り返った結の姿に、俺は言葉を失ってしまった。