第10章 ✼(黄)水仙✼
どうしようもない恐怖に襲われた。
愛する者を喪う恐怖に、自分がおかしくなってしまいそうだった。
それは、いつかと同じ、だけれどその時よりも大きい恐怖。
二度も女を自害させようとした。
自分を殺したくてたまらなかった。
「だからもう自分で命を絶つ事が無いように信長様の部屋で暮らしてる。俺はもう、結のあんな姿は見たくない」
悲痛に満ちた声が届く。
すると、徳川は立ち上がって俺に頭を下げてきた。
「何を……」
「お前しか結を救えないんだ。俺の声は届かない。このままでと結はどうなるか分からない」
「ちょっと待て。結がどうなるか分からないとはどういう事だ」
「朝餉も夕餉も殆ど食べない。俺が信長様の部屋に様子を見に行った時もずっと遠くを見つめてる。今でも無意識に自分を首を絞めようとしてる時がある」
そこまで言うと、徳川は口を閉ざしてしまった。
それを見て、信長が口を開いた。
「このままだと結は衰弱しきって死ぬぞ」
「そんな……!」
あまりにも悲しい事実に、黙って話を聞いていた佐助からも声が漏れた。
「誰が何を言っても聞かん。今も自分の首を絞めているかもしれんな」
「っ……!貴様の部屋へ早く案内しろ!」
「こっちだ。ついて来い。ただし謙信一人だ」
そんなに長い道のりでは無いはずなのに、部屋までの道が遠く感じる。
天守閣の前まで来ると、信長は歩みを止めて振り返った。
「俺も少なからずお前に憤りを感じている。ただて結に会わせるとでも思ったか?」
「……何が望みだ」
部屋の前まで来て、しかも二人だけで話をするとは。
ここまで来て俺が引き返すことなどできないことを知っていてわざと言っている。
何処までも悪い男だ。
魔王は、今まで見た中で一番気持ちの悪い笑みを浮かべて言い放った。
「結を俺の妹にする」