第10章 ✼(黄)水仙✼
「客間に通すとは、敵将を迎えるにしては随分なもてなしだな」
「今は戦をしに来たわけではなかろう。それに、そう簡単に俺達が結を渡すと思うか?」
信長の顔から笑顔が消える。
「結がここに居ると知っているのならそれを今更隠そうとは思わない。して、全てを思い出したか?」
「……あぁ。目が覚めてからどれだけの事をしたかも」
「結の背中の傷は何?本当に自分が何をしたか分かってんの?」
徳川の言葉一つ一つが胸に刺さる。
目を覚ました結の姿を一番傍で見ていたのは徳川だと聞いた。ならば、俺は今この男に何も言い返すことは出来ない。
「お前が酷い傷を負った事は知ってる。記憶が無かったことも。それでもお前が女にあんな事をする奴だとは思わなかった。俺は結に傷ついてほしくて春日山城に残したわけじゃない!」
「っ…………」
今まで会った時には冷静沈着だった男が声を荒げている。
それだけで、この男がどんな気持ちで結を春日山城に残してきたのかが伝わってきた。
「上杉謙信、お前に問おう。お前は本当に結を幸せにできるか?」
今の俺には重すぎる一言だった。
「幸せ」
その意味が分からない。今思う俺の幸せと、結の幸せが同じものでなければ意味が無い。
でも、だからこそ
「必ず結を幸せにしよう。俺の生涯、全てをかけて」
自分の心をえぐられ続けても、どれだけ傷ついても尚俺の傍に居てくれた結を……今度は俺が救いたい。
どんなに拒絶されても良い。どれだけ時間がかかっても良い。
何故なら……
「結をこの世で一番幸せにできるのは俺しか居ない」
この先俺が離れて、違う男と恋に落ちても
確かな幸せを掴めたとしても
それは、俺がこれから結に与えていく幸せには及ばない。
その自信があった。
この身をも滅ぼしてしまうような愛を捧げた責任は取らなければならない。