第9章 ✼赤熊百合✼
「俺一人で行く。敵襲だと思われるかもしれんだろう」
「二人なら大丈夫です……!」
「景持」
「……っ…はい……」
「俺は結の前ではただの男だ。せめてお前たちの前では主で居させてくれ」
結を取り戻すためなら何でもしてみせよう。
ただ、それを自らの家臣に見られるのは主として許す事は出来ない。
今の今まで忘れていたが、結との未来の為に沢山用意をしてきた。”あれ”もそろそろ出来上がっている頃だ。
「……御館様不在の間、この城を守ります」
少しの沈黙の後、俺に向かって深々と頭を下げる景持。
俺は良い家臣を持ったようだ。
「行って来る」
出来るだけ身軽な恰好で、刀だけは大切に持ち愛馬の元へと向かうと、俺の馬の横に佐助の姿を見つけた。
「あ、遅かったですね、謙信様」
「何をしている」
「ブラッシングですよ。綺麗な白馬なんですから」
「何を訳の分からんことを言っている」
佐助は俺の事など気にしていないかのように馬を撫でた後、自分の馬に跨った。
「まさか俺も置いていくなんて言いませんよね。俺がいないと謙信様は何をしだすかわかりませんから」
……確かに、今の俺が言ったところでまともに取り合ってもらえるとも思えない。
「俺は今更謙信様の何を見ても幻滅したりしません。それに、俺は貴方の右腕ですから」
「……そうだな」
この男には勝てる気がしない。
戦では勝てても、俺が思っていることを全て言い当てられてしまう。
「久しいな。長旅になるが、根をあげるなよ」
愛馬に語り掛けると、綺麗な白い毛が、肌にすり寄って来る。
結の姿を思い浮かべながら、佐助と俺は安土へ馬を走らせた。