第9章 ✼赤熊百合✼
§ 謙信Side §
「結……」
久しぶりに呼んだ愛する女の名前。
一度呼んでしまえば、大切に、しっかりと胸に刻まれた思い出が蘇ってきた。
──私が謙信様を好きすぎるからだと思います
恥ずかしがりながらも、いつでも素直な気持ちを伝えてくれた笑顔も
──私を抱いてください、謙信様っ……
一人で思い詰めて、泣いてしまったあの夜も
──おかえり、結
再会したあの日の事も……
今なら、全部全部全部思い出せるのに。
俺の中の結はいつだって笑っていてくれたはずなのに
今思い返しても、浮かんでくるのは泣きそうな顔をした結だけだった。
愛する者の心を傷付けた
愛する者の体を傷付けた
それだけで、死のうと思えるほどにむごいことをした。
今なら全てが愛おしい。
この羽織を肌身離さず持っていよう
俺の為に花を生けてくれてありがとう
お前と久しぶりに酌をしたくなった
そう言えたはずなのに、結が俺の事を想ってしてくれていたことを俺は全て無駄にした。
懺悔と、後悔が溢れ出る。
だが、それ以上に結に会って触れたかった。
「こんな時に懺悔より欲望とは……俺も随分滑稽になったな」
乾いた笑みが零れる。
結の温もりを感じられなかったのは言うまでもなく己のせいだった。
だけど、それでも今は結を抱き締めたい。
「結は今どこに」
「……その手紙は安土から届けられたものです」
安土……
今頃第六天魔王が俺を今か今かと待っているのだろうか。
「俺は安土へ行く。城を頼んだ」
「ちょっと待ってください!なら俺も……!」