第9章 ✼赤熊百合✼
「何をすれば、俺は全てを思い出せる?」
「……あの部屋へ」
景持が指さしたのは、信玄に絶対に入るなと言われていた部屋だった。
「あの部屋は信玄に入るなと言われている」
「信玄様も本気で入ってほしくないなら絶対に開けないようにすると思いますけどね」
いつも俺の前では何かおびえた様子で、常に一歩引いている景持とは別人のようだ。
「目覚めた時に思い出せなかったから何とも言えませんけど……俺は自分から全てを喋る気はありません」
(知りたければ開けろ、という事か)
部屋の前に立って、急に恐ろしくなった。
これで何も思い出せなかったら?きっと俺はそれを一生思い出すことは無いのだろうか。
「このまま何もしないよりかは、ずっと良い」
そう自分に言い聞かせて、俺は静かに襖を開いた。
「……っ…」
襖を開けて部屋に入った瞬間に、懐かしい匂いが身を包み込む。
それは、自分が目覚めた時にも、目覚めた後もずっと近くにあった匂い。
「信玄の恋仲の……」
そして、部屋の中央には一枚の紙と布。
布を広げると、それは見たことも無い衣服だった。
着物でもなく、上と下が分かれている真っ白の服。
ズキズキと痛む頭を抑えながら、俺は一枚の紙へと手を伸ばした。