第9章 ✼赤熊百合✼
§ 謙信Side §
──謙信様、謙信様?
最近よく夢を見る。
暗闇の中でずっと誰かが俺に語り掛けている。
──今日は月が綺麗ですね。お酒も美味しく感じます
その声を聞くだけで胸が震える。これ以上ないくらいに愛おしい気持ちになる。
だけれど、起きた時にはそれは虚無感に変わり、頬に一筋の雫が伝っている時さえある。
こんなに愛おしいのに、それは伊勢姫でもなければ芝姫でもない。
芝姫に関しては、最近姿を見ると妙に胸がざわついて、嫌悪感を抱く程だ。
「謙信様!!!!」
物思いにふけりながら外へ出た俺を、ちょうど向こうから歩いてきた家臣数人が呼び止めた。
全員妙に深刻そうな顔をしている。
「何だ、何かあったのか」
「ここでは話しにくいお話です」
「……ならば俺の部屋に入れ」
部屋に招き入れると、家臣たちは俺の向かい側に座るようにして正座をした。
「謙信様、無礼を承知でお聞きしますが、芝姫様と祝言を挙げると言うのは本当ですか」
「どこからその話を……」
「城下ではもっぱらの噂です」
あの時あからさまに喜んでいた芝姫が言いふらしでもしたのだろうか……だが、事実なのだから誰に知られても困りはしない。
「そうだ。芝姫とは近いうちに祝言を挙げる」
「なっ……!何故ですか!」
「勘違いするな。俺達は互いに想いあってなどいない」
……何故、そんな目をする。
何か言いたげで、寂しげな瞳が俺を見つめる。
「何か言いたい事でもあるのか」
「……私達はどうしても認める事が出来ません。貴方様はそれで幸せになれるのですか?」
幸せ?
伊勢姫を喪った……俺が殺してしまったあの日から、自分の幸せなど考えたことも無い。
強いて言えば、誰かと常に戦っている事。それが俺の幸せだ。