第9章 ✼赤熊百合✼
§ 結Side §
体が鉛のように重い。
少しだけ顔を動かすと、自分で切った首に痛みが走る。
(痛いってことは……死ねなかったんだ、私)
目を開けるのも面倒くさくて、いっそのことこのまま死んでしまえばいいのにとすら思った。
だけど、目を開けた先で誰かが待っているような気がしてうっすらと目を開ける。
目を開けた先には、ふわふわと揺れる黄金色。
「いえ、やす……」
ずっと看病してくれていたのだろうか。目の前で私の手を握ったまま眠ってしまっている家康に声を掛けると、長い睫毛がぴくっと動いた。
「結……?起きたの?!」
私の姿を見て飛び起きた家康は、私の手首に自らの手を当てる。
「良かった。ちゃんと脈はある。ほんっとに何してんのあんた!」
今までで、ここまで人に怒鳴られた事は無いかもしれない。それくらいに家康が起こっているのが分かる。
だけど、今の私には死ねなかった、という事実だけが頭の中を巡っていた。
「どうして……死ねなかったの…………」
それを聞いて絶句する家康。
私の問いに答えたのは、家康では無かった。
「それは単に、お前の力が弱かっただけだな」
「信長様……?」
部屋に入って来た信長様は、しゃがみ込んで私と視線を合わせる。
「食事もろくに取らず、外へも出歩かない。弱りきっているお前の力では首を完全に掻っ切ることなど出来ない」
「そん、な」
「ここがどこだが分かるか?」
信長様に言われて辺りを見回すと、そこは自分の部屋では無かった。
居るだけで緊張してしまうような雰囲気を持ったその部屋は、安土城の天守閣……つまり信長様の部屋だった。
「お前は今日からここで暮らせ。もう勝手に死のうとすることなど許さん」
いつもの命令とは違い、少し暖かさを感じる声。