第9章 ✼赤熊百合✼
愛する人が、大好きな人達が悲しむとわかっていても辛さから逃れてしまいたい。
咄嗟に、そう思ってしまった。
(伊勢姫もこんな気持ちだったのかな……)
今なら伊勢姫の気持ちが分かる気がした。
──愛している……お前がいなければ、息もできないほどに
貴方はそう言ってくれたけど……
「ごめんなさい……もう耐えられない……」
短剣を持つ手にも力が入らず、重く感じる。
私が死んだ後に貴方が私を思い出してくれたら、きっとまた絶望して修羅の道に走ってしまうでしょう。
だから、もしも私が本当に死んだなら
──もう二度と私を思い出さないように。
そう願いを込めて、ぎらりと光る刃先を自らの首に向けた。
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§ 家康Side §
「結?まだ寝てるの?」
結の部屋に朝餉を持ってきたけれど、返事がない。
朝餉と言っても、急な軍議があって遅くなりもう太陽は登りきっていた。
朝の軍議で信長様が告げた。
「皆を集めてしまってすまない。だが最近広まっている噂についてだ」
(噂……?)
「上杉謙信が正室を取るらしい。相手は……芝姫という女だそうだ」
「なっ……!」
最近俺は城下に出てないから分からなかったけど、城下ではこの噂で持ちきりらしい。
(結を殺そうとした女を正室に取る?正気なの?)
そう思って気付いた。あの男は記憶が無い。つまり正気に見えても全く正気ではないのだ。
「これは事実だ。だからこそ決して結に知られないように」
朝の言葉が頭をよぎる。
嫌な予感がした。
少しだけ襖を開けると、ふと漂う血の匂い。
(まさか……!)
「ごめん結……!開けるよ!」
勢いよく開けた襖の先……
部屋の隅で、血だらけになり倒れている結と、短剣が落ちていた。