第7章 ✼月見草✼
「結をこんなに傷だらけにしてしまった事、本当にすまない」
「悪いけど許す気は無いよ。でもそれはあんたにじゃない」
優しさにくるまれることの無い直球な言葉が今は有難い。
「今日はお前に頼みがあってきた」
俺は徳川家康へと向き直って、頭を下げた。
「……っ?!」
「結を安土に返したい」
「ある程度話は察してたけどまさか頭まで下げられるとはね……」
俺だってまさか敵将に頭を下げることになるとは思わなかった。
「いいの?結はもう越後には行けないかもしれないよ」
わかっている。
それを分かっていて、"預けたい"ではなく"返したい"と言った。
「後は……謙信に任せるさ。結は心も体も傷だらけだ。これ以上越後にはおいておけない」
少しの沈黙が流れた。
「分かったよ。結は返してもらう」
「……頼む」
無断で立ち入ってはいないといえ、俺がここにいるのを見られて騒ぎになっても困る。
急いで城を出ようとすると、城門の前には待ち構えていたように信長が壁に背を預けていた。
「結のために自らここに来たか」
「お前と話すことなどない」
何を考えているか分からない笑みに苛立ちを覚えながらも、その横を通り過ぎる。
すると、威厳のある低い声が俺の足を止めさせた。
「待て」
「……」
信長と刀を持たず、この距離で話をしたことは無い。
だがこの状況でなければ俺は信長を無視して立ち去っていただろう。
……今の俺には無視できない理由がある。
「結は俺が拾ったものだ。あのような姿にされては流石に腹が立つな」
「……見てたのか」
「お前に何を言うつもりもないが、謙信に伝言だ」
織田の姫を傷付けた代償は安くない、とな……
その顔はまるで鬼のようだった。
それだけ言うと、黒い鬼は羽織を翻し、そのまま去っていった。