第7章 ✼月見草✼
§ 謙信Side §
目が覚めてからずっと、何かが足りない。
許嫁だという芝姫にずっと会っていないからだろうか。
だが、これは愛のない婚約だと芝姫自身が言っていた。
だとすると、残るのは……
(ただの針子だというあの女か)
初めて会った時、妙な違和感があった。
女を自分から遠ざけているはずの俺が、何故か触れたいと思った。
それだけではない。
あいつはまるで女中のようだ。いや……女中以上に俺に関わりすぎている。
羽織を作ってきたのは仕事だからだろうと思っていたが、朝餉も夕餉もあの女が持ってくる。
そして生け花に酒まで……。
俺が女嫌いだと知っているこの城の女は必要以上に俺と関わろうとしなかった。
(俺の世話だけでなく信玄から頼み事をされるくらいには信用されている女がただの針子であるはずがないな)
──敵の間者か?
そう思ったが、明らかに弱っている俺を見ても何もしてこない。
そして決定的な違和感が一つあった。
女中や針子なら、絶対にありえない事をあの女はした。
「……っ」
(またか……あの女の事を考えると頭が痛くなる)
日を追うごとにその症状は酷くなっていき、最近では顔を見ただけで頭が割れるような痛みに襲われる。
「ここにいては何も考えられん」
廊下に誰も居ないことを確認して部屋を出る。
もう普通に出歩けるくらいには回復した。いつまでもこの部屋に閉じ込められるのはこめんだ。
こっそり城を抜け出して向かうのはどこだろう。
自分でも分からないが、足が勝手にどこかへ向う。
何かに導かれるように辿り着いたそこには
「何故お前が……」
"ただの"針子が一人、丘の上に立つ木に寄り添うようにして涙を流していた。