第7章 ✼月見草✼
「……っ…」
謙信様は私との記憶を思い出そうとしている。
謙信様とこのお酒を飲んだのは私だと言いたいけれど言えない。
「貴様、これに何を入れた……っ…」
「何も入れていません……!私も同じものを飲みました」
肩で息をする体を支えようと、背中に手を回すけど、その手は払いのけられてしまう。
「今すぐ、俺の前から消えろ……」
「こんな状態の貴方を放っておけません!」
無理やり傍にいようとすると、私の手首を謙信様が強く掴んだ。
体調が優れないとはいえ、力は私よりずっと強い。
「痛っ……!」
「今すぐにだ。俺の視界から消えろ」
「あ……」
合わさった視線から読み取れるのは明らかに私に対する嫌悪だった。
私のことを信用してくれていない。
それどころか、毒を入れたか疑われている。
私の事を思い出そうとして苦しんでいるなら、私がここにいてはいけない。
そう思い、謙信様の部屋を飛び出した。
少し走ったところで、向かい側から歩いてくる信玄様を見つけた。
「信玄様……!」
信玄様は私の顔を見てただ事ではないと察したのか、すぐ私に駆け寄ってくる。
「結、これは……」
優しく手首を撫でられる。
先程掴まれたところに跡がついてしまっていた。
「謙信様が凄く苦しそうで…私っ……」
「わかった。落ち着いて。俺が行くから、結はその手首の手当をしてもらいなさい」
その後、謙信様の体調は元に戻った。
やはり、記憶を思い出そうとした影響らしい。
それから数日はとても謙信様に会いに行く気にはなれず、針子の仕事に没頭した。
その方が何も考えずに済んだ。
何度会っても拒絶され、まともに話すことすらままならない。
(本当に思い出してくれるの?)
今の謙信様が、記憶が無いまま私に行為を抱いてくれるようになるとは思えない。
自分で認めたくはなくても、心のどこかで"諦め"という文字がちらついていた。
「外の空気でも吸おうかな……」
重い足取りで城を出て向かうのは、私のお気に入りの場所。
謙信様と来た小高い丘。
この後、ここに来なければよかったと後悔することも知らずに、私は心地よい風に身を委ねた。