第7章 ✼月見草✼
「おい、聞いているのか」
思い出に浸っていた私を謙信様が現実に引き戻す。
「あ、すみません……」
「この酒はどうしたのかと聞いている」
「謙信様に持って行ってほしいと信玄様から頼まれたものです。どうしても外せない用があるみたいで……」
お酒を手渡すと、謙信様はそれを受け取ってくれた。
すぐに出ていこうとして、徳利が二つある事に気付いた。
もしかしたら信玄様はわざと二つ用意したのかもしれない。
「あの……お酌をしてもよろしいでしょうか」
「要らん」
(うっ……予想どうりバッサリだな……)
今の謙信様は少し機嫌がいいように見える。
少し強引に行くなら今しかない。
「その体で沢山飲まれても困りますので見張っておけと言われています」
(ごめんなさい、信玄様……!)
勝手に信玄様の名前を使ったことに心の中で謝りながら謙信様を見つめると、謙信様はため息を一つついて諦めたように言った。
「信玄も余計な事を……酌をするなら早くしろ」
「はい……!」
ふと、お酒を注ごうとして気付いた。
このお酒は私と謙信様が会って間もない時に、安土で一緒に飲んだものだった。
「どうぞ」
私がお酌をすると、謙信様はもう一つの徳利を私に差し出してくる。
「お前も飲め」
「ですが……このお酒は謙信様が気に入っているものだと聞きました」
「どうせ見張られていてはこの酒を全て飲むことは出来ん。それに見られているのに俺だけ飲むのも変な話だろう」
恐る恐る徳利を手に取ると、謙信様はその中にお酒を注いでくれた。
「美味しいですね」
「あぁ、そうだな…っ…?!」
満足そうにお酒を飲んでいた謙信様の顔が苦痛に歪む。
「謙信様?!どうかされましたか?!」