第7章 ✼月見草✼
「あいつも思うように体が動かせなくてその上記憶までない。かなり苛ついてるみたいだからそのせいだろう」
「そう…ですね……」
「大丈夫か?結」
頭に乗せられる大きな手は、まるで妹を心配する兄のよう。
「大丈夫です」
私が出過ぎた前をしてしまっただけだ。
それにあんな状況ではつい苛ついてしまってもしょうがない。
「一緒に酒でも飲まないか?」
「いいんですか?ありがとうございます」
信玄様はわざとたわいもない城下での話や、幸村の失敗談をして私を元気づけようとしてくれた。
その間は絶対に謙信様の名は口にせず、私も静かにその話を聞いているだけ。
「それで幸も女性の扱いになれていないからな。たまたま城下で遊郭の女に話しかけられただけで顔を真っ赤にしてしまってな」
「ふふっ。幸村らしいですね」
今思えば、自分のやるべきことと罪を考えずゆっくり過ごしたのは久しぶりだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、もう夕日が昇る時間になってしまう。
「付き合ってもらって悪かったな。おかげで酒が美味かったよ」
「こちらこそありがとうございました」
「今日はこれで失礼しますね」
「あぁ。いつでもおいで」
また明日から頑張ろう。
そう思い、来る前より軽くなった心で信玄様の部屋を後にした。