第1章 No Name
開演時刻の18時を過ぎたが、なかなか始まらない。
ずっと立っているし、後ろからグイグイ押されるし、疲労半端ない。
よく考えたら、私は待機中のトイレ交代要員だった訳だし、No NameのLIVEを聴かなくてもいいのでは?
そもそも曲だって一曲も知らない。
エミに体調不良を伝えて、帰ろうと思った。
「エミ…」
その瞬間 暗かったステージにパッとライトが当たり、三人組が姿を現した。
「……跪け、豚共が!!!」
「「「キャァァァァァァ!!!」」」
もう何がなんだかわからない。
悲鳴に支配され、もみくちゃにされて息苦しい。
ここを出なければ!
大袈裟かもしれないが、命の危機を生まれて初めて感じた。
隣を見てもエミはいない。群集に押されてエミは声の届かないところまで移動していた。
何かにとり憑かれたような目をして、ステージを見上げている。
これは駄目だ。なんとか群衆から脱け出したマヤは、そのまま出口に向かった。
扉を閉める前にステージを見ると、包帯を巻いたボーカルが こちらを見ている気がした。