第1章 No Name
「ねぇ、マヤ お願い! 一生のお願い!」
先ほどからクラスメイトのエミが、顔の前で両手を合わせて懇願している。
彼女の肩までのサラサラボブが、言葉に合わせて軽やかに揺れる。
私は それを見ながら、遠回しに断る。
「うーん、でも私 全然興味ないし、そんな人がその場にいたらファンにボコボコにされそうじゃん?」
「平気平気! みんなメンバーしか眼中にないから」
エミが今、夢中になっている人気バンド「No Name」。
そのLIVEが高倍率抽選の上 見事当選したのに、一緒に行くはずだった友達が盲腸で入院して行けなくなったらしい。
最初は一人で行けば?と冷たく返していたのだが、どうも座席がないスタンディングLIVEらしく、絶対最前列に陣取りたいエミは、早くから会場に行って待機するつもりなのだ。
そのとき一人ではトイレに行けない。交代で行くのが常識なのだと力説している。
……要するに トイレ交代要員なのね、私…。
内心 そう思わないでもなかったが、一生懸命お願いしてくるエミを見ていたら、そんな皮肉めいた心もどこかへ飛んでいった。
その日は学校は休みだし、ここんところずっと受験勉強を頑張っていたから、たまには息抜きになっていいかなと、エミのお願いを聞くことにした。