第11章 夏の約束 漣ジュン
「夏とは特がないなあ、漣」
彼女は木陰のベンチに腰かけて、またもや汗だくのジュンに話しかけた。
「男が汗臭くなるだけだ」
「お前と違って、俺は忙しいんだよ」
「要領が悪いね」
「仕事また減らしたらしいな」
「私、忙しいから。息をするのに。」
「よし、呼吸止めろ。」
いつも通りの会話が始まる。セミは相変わらず鳴き声をあげていた。
「なあ、お前さ。アイドルやりたくないんじゃねえの?」
「当たり前だろ」
「………何でこの事務所入ったんだよ」
今日は仕事なんてない。ジュンが勝手にここに来ただけだ。
少女はいつもこの木陰のベンチに腰かけて本を読んでいた。
ジュンは、学校をどうしているのかなどと聞かなかった。
「ねえジュン。世の中にはね、自分で歩く人間と他人に歩かされる人間と、誰も歩かせようとしないし自ら歩こうともしない人間がいるんだよ。」
「お前、三つ目?」
「当たり。どうだ、可哀想でも何でもないでしょ。」
「つまり……“何となく”って言いたいのか?」
「頭良くなったね、漣」
久しぶりに他人に本気の殺意がわいたが、ジュンは顔をそらした。
「あ…まだ言ってなかったね。………いつもありがとう、漣。」
「…会うたびに何でそれ言うんだよ。」
「何でだろうね。それよりいつまで汗を垂れ流すつもり?暑苦しいから止めて。」
「無茶言うなよ。かき氷やけ食いでもしねえとこの気温じゃ無理あるだろ。」
「氷なんて食べて美味しいの?」
「食ったことねえのかよ。」
「氷を食べるなら水を飲むよ。」
「……今度うまいの奢ってやるよ。」
ジュンが言うと、彼女はクスクス笑った。
「ねぇ漣」
「ん?」
「私は」
話している途中で本が落ちた。
ジュンは隣に座る彼女を見た。
意識を手放し力なくベンチにもたれかかる彼女が目に写った。