第7章 だから恐怖を嫌った 乱凪沙
凪沙さんが小さな声で言った。
「…………私に、怯えてる」
「違う………ッ!!」
「…………私と暮らすようになってから、嫌な夢を見てる」
彼はすべてを見透かしたように淡々と述べた。
「…………私が無理矢理、こんな関係を望んだから。さんは傷ついた。」
もはや言い返すこともできない。
私は黙ってうつむいた。
「…………さん」
凪沙さん。
「…………許して」
そんな、悲しい笑顔をしないで。
凪沙さんが帰ってこなくなってから一週間がたった。悪夢は彼と共にパタリと姿を消し、私は仕事とこの部屋の行き来しかしなくなった。
わざわざ外に出てご飯を食べに行こうとかいう人が、二人暮らしには十分な広さの部屋を泥んこにする人が、いない。
新しい部屋を探さないとなと思いつつ、まだ何もできていない。
彼のものは何一つ残っていないから、もう私の決心だけなのに。
彼がいつも石を眺めていたソファー。ご飯を食べていた椅子。風呂上がりに服を置いていた場所。
彼の部屋だった場所。
空っぽの空間に、一冊の本が置かれていたことに気づいたのは彼がいなくなった次の日だ。
そこに、紙が挟まれていた。
『さん
誰と私が重なっていたの?』
私はその紙をビリビリに破いて捨てた。その一冊の本も捨てたかったが、彼の私物だからそうもできない。
テレビをつければ彼がいそうで、何もできない。雑誌も買えない。コンビニに流れる音楽にもびくびくしないといけない。