第3章 ねぇ、オオカミくん 大神晃牙
「ちゃんの話を聞くに、“オオカミくん”は優しい子なんだろうね。」
珍しく、本屋で彼氏と会話があった。
立ち読み常習犯の私たちをにらむ店員の目は今日も冷たい。
彼の手に握られた本は、有名な文豪の詩集。私は現代作家の短編集。
「優しい子だよ。」
彼の隣で本から目を離さずに答えた。彼も本から目を離さない。
「“オオカミくん”は普通、物語では嘘つきになるんだ。ホラを吹きすぎて、最後の最後は真実の叫びさえ信用されない。」
本を読みすぎた知的な彼は、一々言うことが小説家のよう。でも、私を彼のそんなところが嫌いじゃない。
「でも、彼ほど誠実な“オオカミくん”なら最後の叫びは信じられるんじゃないかな」
「オオカミくんは、嘘なんてつかないよ」
「……ちゃん、僕はね。“オオカミくん”には三種類の結末が用意されるべきだと思うんだ。」
彼は本を棚に戻しながら言う。内容が気に食わなかったらしい。
最近人気のキャラクター文庫を手に取った。文が適当で表紙のイラストにしかやる気が感じられないとかなんとかケチをつけて全く読まなかったくせに、いきなり気が変わったらしい。
「一種類目はさっきも言ったね。一番有名なやつ。嘘をつきすぎて全く信用されないこと。
二種類目は最後の言葉だけは信用されること。さすがに命に関することは嘘をつかないだろうって言う、周りの人間の良心が働いた場合。
三種類目は」
彼は本を棚に戻した。やはりキャラクター文庫はお気に召さないらしい。
「………………………………………“オオカミくん”が、最初から……………嘘をついていなかったとしたら?」
「………………」
「…………………………僕はね、思うんだよ。」
良い本に出会えない彼は、弱々しく呟いた。
「“オオカミくん”は、真実を嘘にしたんじゃないかな」