第4章 四難モラトリアム
「松野」
授業中、隣の席。呼吸に合わせ肩が上下している。
「松野」
隣の彼は、教科書を縦にして眠りこけている。再度呼ばれても起きる気配はなく、口の端からはヨダレが垂れ始める始末。
寝息をたてる肩を横から指でつつくと、一瞬ぴくっとしてまたすぐ呼吸が一定のリズムに戻った。
寝不足なのかな?目の下にクマがうっすらできている。よほど疲れているらしい。
「松……ああそうか、松野!松野一松!」
名前を呼ばれ、ようやく瞼を開ける。
気怠げな目つきでめんどくさそうに黒板を凝視し、ハッとした表情で立ち上がった。
「…すいません。ウトウトしてて…」
「寝癖ができてるぞ」
先生が呆れ声でそう返すと、クラスが笑いに包まれた。
「じゃあ弱井」
「はい」
イチくんは恥ずかしそうに寝癖を指で直しながら席に着く。あたしと目が合うと、バツの悪そうな顔で笑った。
眠そうなイチくんも、恥ずかしそうなイチくんも、全部あたしの好きなイチくんだ。
退屈な授業も、隣にイチくんがいれば薔薇色の時間になってしまう。