第2章 純情スクイーズ
教室に響くお経のような声に促され、あくびを堪えながら教科書をめくる。
昼過ぎの教室は温かい日差しを浴び、開け放たれた窓からはそよ風が舞い込みカーテンを揺らす。容赦なく睡魔に襲われるシチュエーションだ。
気を抜けば今にも意識を持っていかれそう。となりのおそ松くんなんて、いびきをかきながら堂々と爆睡してる。
いいなぁ、本能に忠実で。でも今やってるとこテストに出るって言ってるけど。起きたらノート写させてあげよう。
「——では次のページ」
コクリ、と首が揺れて目を開けた。ダメだ。ついに限界がきて大きなあくびをしてしまった。
これ以上黒板を見ていたらまた眠気に負ける。と、廊下に視線を移した時だった。
窓の向こう、見覚えのある姿が、あっちに行ったりこっちに行ったり。
「すみません」
手を挙げ、頭痛だと嘘をつき教室から抜け出す。
不安げにゆらめく人影を追いかける。3年間通っているというのにどうして未だに迷っているのだろう。
後ろ姿に近づきそっと肩を叩いた。
「わぁっ!?」
案の定、素っ頓狂な声を上げ振り返る。
「なにしてるの?」
「のぞみちゃん…!」
私の姿を確認すると、安堵の表情を浮かべている。よほど心細かったのか、縋るように私のブレザーの裾を掴んできた。
「あのね、トイレから戻ったらみんな教室にいなくて…」
「5限目選択科目でしょ?チョロ松くんと同じ政経って言ってなかったっけ」
「でも、いつもの教室行ったのに誰もいなくて」
潤んだ瞳が私の母性に訴えかけてくる。
仕方ない、なるべく早く教室に戻りたいけど——というのは嘘でこのまま時間の許す限り一緒にいたい。ので、サボる。
「教室変更したのかな?じゃあ一緒に職員室行って確認してみる?」
「のぞみちゃん、授業はいいの?」
「いいよ。内容ほぼ先週の復習だったし」
「ほんと?」
「うん」
「ほんとほんと」と付け加え、頭を撫でて手を繋ぐ。
「えへへ、ありがとう」
この、小学生、下手したら幼稚園児並に幼く、庇護欲を掻き立てる可愛くてほっとけない子が私の彼氏なんだから困ったものだ。
6人兄弟の末っ子というのは、こんなにも甘えんぼに育ってしまうものなのだろうか。