第5章 猫*
百之助の母を救うため、俺たちは手鏡の裏に螺鈿細工を施している。
貝殻の真珠層を嵌め込んで、漆を塗って、炭で研いで、また漆を塗る。どの作業も職人の腕にかかっているが、百之助には研ぎの仕事をやってもらっている。
力を入れ過ぎず丁寧に、母への想いを込めて綺麗に輝くように研いでいくよう伝え、今は一人で懸命に手を動かしている。
【慶次】
研ぎもだいぶ上手くなったな。よし、これくらいで良いだろう。この上からまた漆を塗るぞ。
漆を塗る前に全体の細かな溝を目視してから、足りない部分に仕上げ研ぎを行う。とても地味な仕事に見えるが、この研ぎを十分にやらないと接着具合や強度に大きく完成度が変わってくるのだ。
【百之助】
あと何回塗るの?
【慶次】
2~3回ってところかな。早くおっかさんが喜んでくれる顔が見たいな。
【百之助】
・・・・・・・・うん。
漆を塗って乾くまで1日ほどかかり、気候や漆を塗った厚さなどによって乾き具合が変わってくる。
漆塗りは幾度も繰り返す必要があり、厚さや湿度や温度管理など気を付けないと、縮みや粉がふいたように失敗してしまい、生乾きにも注意しなきゃならない。
俺専用の漆風呂に入れているため親に見られることはなく、親に隠れて身につけた技術を存分に注ぐことが出来る。
【慶次】
何だか浮かない顔だな。どうかしたのか?
【百之助】
螺鈿細工ってこんなに手間がかかるんだと思った。
【慶次】
それだけ出来たときの楽しみも倍だってことだ。そろそろ店の片付けもしてくるか。
【百之助】
うん。
螺鈿も漆の加工も手間暇がかかる工程だが、俺はこの時間も含めて好きだ。
百之助もそう思ってくれるといいなと思いながら、その場を後にした。