第2章 始まりは
現代から戦国時代にタイムスリップしたさえりが安土に来て数日が経った。針子の仕事を初め、世話役の仕事も任されるようになり、ようやく充実した日々を過ごせるようになっていた。
「光秀さん、文を届けに来ました」
「さえりか」
さえりは世話役の仕事で、光秀の御殿を訪れていた。
「まあゆっくりしていけ、茶ぐらい出してやる」
「えっ……あ、ありがとうございます」
正直なところ、光秀に会うのはいつも緊張していた。だから茶を出すという言葉に少し驚く。
光秀さんはいつもニヤニヤしていて妖しい人だけど、お茶を出してくれるような優しい気遣いも出来るんだな、言い方は少し気になるけど……。
などと考えながら、さえりは座布団にちょこんと座り、出されたお茶をすする。
「今、俺の悪口を考えていただろう。すべて顔に出ているぞ」
げほごほっ
さえりはおもいっきりむせてしまった。これじゃ悪口を考えていたと認めているようなものだ。
「悪口なんて考えていません……!」
慌てて否定をする。
「そうか、まあ良い。どうせ暇だろう? 花札にでも付き合え」
どうしてこの人は意地悪な言い方しかしないのだろう。
さえりは少しむっとする。
「暇じゃないですけど……少しだけなら。でも私、花札のやり方を知らないです」
「お前のささやかな頭でもわかるように教えてやる」
そんな意地悪な言葉とは裏腹に丁寧に教えて貰いながら、さえりは光秀と花札を楽しんだ。
「あっ、もうこんな時間」
気がつくと日が傾きかけている。楽しくてつい夢中になってしまった。勝負は光秀の圧勝だったけれど。
「もう遅い、夕餉を食べていけ。後で送っていってやる」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
素直に夕餉を頂いてから帰るつもりだったのに。
この選択が間違っていたなんて、この時のさえりには思いもよらなかった……