Cherry-pick【名探偵コナンR18短編集】
第36章 溢れた水は杯に返るのか【沖矢昴】
昴が自身の財布から硬貨を取り出し、コイントレーに乗せる。そしたらもちろん、私の会計は済まされてしまい……続いて彼は自分の会計も済ませる。
これはどうするべきか。レジ前に妙な沈黙が流れる……
とりあえず店外へ出た。もちろん彼も。
「あ、ありがとう…助かった、っていうかなんで……九州にいるんじゃなかったの…?」
「先月本店に戻ってきた」
「そ、そう…」
この男、私の元カレ沖矢昴は、某メガバンクのエリート行員だ。
すらりと背が高く、柔和な顔立ちに細いフレームのメガネ…今も体格に合ったスーツを上品に着こなしてて……
“知り合いだから”っていう贔屓やお世辞を抜きにしても、彼の容姿は整ってると思う。
私達はお互い学生の頃に知り合って、惹かれ合って付き合ったはいい、けど……社会人になってからというもの、忙しくて会う回数は激減していき……最終的に破局している。
元々東京の本店勤務だった彼が、九州の支店へ転勤が決まったのが数年前。
ちょうどその頃私も今の部署への配属が決まって、覚えなきゃいけないことで頭がパンパンで……
遠距離恋愛なんて考えたこともなかった、っていうかそんなこと考えられる余裕もなくて……
“別れよう”と言ったのは私だった。このまま恋愛関係を続けていけるとは、その当時の私には思えなかったのだ。
「元気だったか?」
「まあ、それなりに……昴は?」
「…僕もそれなりだ」
「あのさ……もしかして本店戻ってきたってことは…また役職上がった?」
「上席になった」
「やっぱり……」
店を出て、そのまま道端で立ち話……
聞けば彼は有り得ない速さで出世コースを歩んでる(走ってる)ようだ。平々凡々な私とは大違い。
昴と別れたことを後悔したこともあった。酷く疲れてるとき、落ち込んだとき、昴がいたら優しい言葉をくれるんだろうな…って思ったのは一度や二度じゃない。
とびきりいいことがあったり、すっごく好みの美味しいものに出会ったりしたときに、その喜びを昴と共有したいと思ったこともあった。
何なら夜に一人で寂しいときはいつも昴を思い出してた。
何度も電話をかけようとしたけど、自分で別れを告げた手前、変なプライドが邪魔してそれもできず。
まさか、また会えるなんて……
今日は散々な日……じゃなかったかも。