Cherry-pick【名探偵コナンR18短編集】
第36章 溢れた水は杯に返るのか【沖矢昴】
ただの事務員だった私が何故か営業職に転向されて、はや数年……これまで必死に頑張ってきた。でも部内での成績は中の上だったり中の下だったり……つまり普通。
私は営業の天才でも何でも無いから、調子良くポンポン契約が決まる日もあれば、てんでダメな日もあって……
そのてんでダメだった日、総じて手応えが良くなかった日、仕事帰りに寄る店は“ココ”と決まっている。
あまり人気はないみたいだけど(失礼)いつ行っても落ち着いて美味しい食事ができる店。定食屋のようなレストランのような店だ。
現在金曜の夜。あまり仕事の出来が芳しくなかった今日も、その店に一人でやってきた。繁華街は人で溢れてるけど、ココはガヤガヤ煩いこともなくて、一人でも居心地が良い。
いつものように食事を済ませて、お会計をしにレジへ向かう……と、ある貼り紙が目についた。
“会計端末故障中につきお支払は現金でお願い致します”
ふーん。そういえば近頃…現金支払いって、ほとんどしてなかった。
「ご馳走様でしたー……」
「はい、ありがとうございます……3260円です」
「現金しかダメ…なんですね?」
「ええ、すみません…昨日機械が壊れてしまって…」
財布の中の現金をトレーに出していく。手持ちは予想外に少ない…1000円札は3枚あったけど、100円玉は、いち……嘘、どうしよう、100円足りない……!?
今日はツイてない、ほんと散々だ……東都銀行(私のメインバンク)って近くにあったかな……
「あの……ほんっとにすみません!手持ちの現金が足りなくて…すぐおろしてきます!一番近いATMってどこですか?」
「ええっと…たしか……」
「東都銀行米花支店なら徒歩2分程ですが…手数料を気にしないなら大通りのコンビニの方が近いですね」
突然、背後から優しげな男性の声がして、振り返る。
「あ、ありがとうございます!すぐ行ってきます!……って……なんで……すばる……」
後ろにいたのは、数年前に別れた元カレ、沖矢昴だった。
同じ店内に居たのか。全く気付かなかった。
「久しぶりだな、。ここで会ったのも何かの縁だ…僕が出しておく」
「え…」
「いくら足りない?」
「…ひゃ、100円……」