Cherry-pick【名探偵コナンR18短編集】
第29章 寄せは俗手で【羽田秀吉】
街は年の瀬に向けて慌しくなってるように見える今日この頃…
私のいる将棋会館は…最近はもっぱらある男のせい(彼のおかげ)で本当に忙しい。
その男はたった今、将棋界の7大タイトルの1つ、竜王決定戦に勝利し、報道陣から囲み取材を受けている真っ最中。
私は職場のテレビでその様子を同僚達と見ている所。
“太閤名人!三冠達成おめでとうございます!!”
“ありがとうございます”
“今回の勝因はズバリ何だったでしょうか…”
“そうですね…言うとすれば中盤の角…でしょうか……”
その男、太閤名人こと羽田秀吉…若手No.1のトップ棋士。今日の勝利でついに保有タイトルが3つになった。しかも、歴代最年少で。
彼は若くして強いだけじゃなくて、容姿も整ってるしメディア受けも良いもんだから…いつしか将棋に興味のなかった人にまで人気が出てきて今じゃアイドル並みの人気者。
おかげで近年稀に見る将棋ブームがやって来て、私達は空前の多忙に見舞われているのだ。
“名人!そろそろクリスマスの時期ですが…一緒に過ごされるお相手はどなたかいらっしゃるんですか!”
“ああ…素敵な方と過ごせたら楽しいんでしょうね……”
“ちなみに結婚願望なんかは……”
だけど彼の人気が出れば出る程、嬉しいような歯痒いような気持ちになる自分がいる。
私と秀吉は知り合って10年近い仲。人気が出る前の彼もよく知ってる。
本当は秀吉って、普段は丸眼鏡にジャージ、ヒゲもたまにしか剃らないし寝癖も直さない、見た目に全く構わない男で。
喋り方だっていつもはもっとフニャフニャしてるし、テレビに映る凛とした立ち姿の彼とはまるで別人なのだ。
ただ…
「秀吉はビシッとしてればそこそこカッコイイんだから、テレビに映るような大事な試合の日くらい綺麗にしてったら?」
と、少し前に彼に言ったのは他でもない私。
偶然なのか何なのか、見た目に気を使うようになってからの秀吉は負けがほぼなくなって…身なりを整えるのはゲン担ぎのようになってきて…いつの間にか人気者になっちゃって…事務局には毎日ファンからの手紙やら贈り物が届くくらい…
実は秀吉のこと…ずっと好きだったから、今みたいに女性関係の質問が記者から飛び出たり、熱烈な女性ファンの存在を知らされる度に、胸がチクリと痛む。