Cherry-pick【名探偵コナンR18短編集】
第25章 夏の誘惑*前編【降谷零】
降谷さんの了承が無ければ退社することも出来ないので、私はとりあえず来週やろうと思っていた仕事に手を付け始めた。
気付けば18時を過ぎ、同僚の事務員達が次々退社していく中、そわそわしながら仕事を進めていると、「お疲れ様」と聞き慣れた声がして。そちらを向けば、降谷さんが戻ってきていたのだった。
椅子から立ち上がり「お疲れ様です!」と声を張る。
目が合い、小さく頷き、まっすぐコチラに向かって歩いてくる降谷さん(デスクが隣だから当然なのだけど)。
その彼が真横に来るなり発した言葉に、心底驚いた。
「メール返信してなくて悪かった。今日はもういいから。でもこの後予定が無いなら食事に行かないか?」
「え、ええ……大丈夫ですけど……?」
「よかった。社内メールで誘うのもちょっと違うかなと思ってさ」
「たしかに、そうですね……」
「じゃあ15分後に下でいいか?」
「承知しました」
直接誘いたかったから連絡を寄越さなかった、ってことなのか。
別に降谷さんと二人で食事に行くのは初めてではない。了承はしたけれども……
貴方今日、お誕生日ですよね?こんな日に一緒に過ごす相手が私でいいんですか?って……そんなセリフばかりが頭の中を飛び交っていた。
作業を止め、荷物をまとめて。羽織っていた長袖を脱いで部署を出て、トイレで化粧を直し……会社の1階で降谷さんを待つ。
すぐに下りてきた彼と合流し、外に出ると鬱陶しい暑さに全身が包まれる……(それでも涼やかな顔してる降谷さんってすごいと思う)
「食事って、どこに行くんです?」
「来週□□社の部長と会うだろ?前にあの人に勧められた店、まだ行ってなかったなーって。一人で行ける感じの店じゃなさそうだったからさ。予約はしてある」
「さすが降谷さん!お付き合いします」
就業時間外であっても、少しでも仕事に繋がりそうな所へ……降谷さんらしい。
そうか……きっと彼にとっては、今日の自身の誕生日を楽しむよりも、取引先との会話を弾ませるネタ収集の方が重要なんだろう。
降谷さんって、“仕事が恋人”を絵に描いたようなタイプで。
高身長で高収入、おまけにイケメンなのに、恋人がいないのはそれが原因だ、と他の男性社員が皮肉気味に言ってたのを聞いたことがある。
私は仕事に真剣な人って素敵だと思うけど……