第2章 正義の味方と書いて
「もう大丈夫だろ?」
今までに見たこともないような優しい顔をして笑ったその人は私にそう訊いた。
優しいようでその一言は私との決別宣言とも受け取れたから、私は少し目を丸く開いて驚くような仕草をした後、黙って頷いた。
「...多分」
「多分じゃ困るんだけどね。俺もいつまでもお前のオモリはしてられないし?」
及川さんもいろいろと忙しいからね、なんて語尾にハートマークを付けながら快活に笑う彼。
その上ぺ..いや、某洋菓子店のマスコットキャラクターみたいな顔までされるもんだからかなり鬱陶しい。
かなり鬱陶しいけど、同時に彼のその温かさに荒んでいた心が解かれていく。
酷く居心地が良かった。
好きだの嫌いだのという類の感情ではなくて、ただただ心が癒された。
何もかも失ったと勝手に嘆いていた私の唯一の心の拠り所であり、支えだった。
彼だけは。
何も訊かないで黙って私のそばへ。
ただ黙って私の傍に居てくれた。
一度でもこんな時間に女が、とか、家に帰れ、とか、説教まがいのことをされたことはない。
彼は黙って私の傍に居て、黙って私を救ってくれた。
今ならばわかる。
彼が私に声を掛けてくれた優しさと温かさを。
なんで私を助けてくれたんだろう、ただの気まぐれ?だなんて、今更訊いても野暮なのはわかってるけど。
それでも、何故、と聞かずにはいられない。
なんとなくそのタイミングが今じゃないような気はするけれど。
「じゃあ、絶対」
言い直した私にまた彼は微笑んだ。
もう大丈夫、だとは思う。
彼の言うとおり。
私にはたった一ヶ月でも心の拠り所が確かにあった。
ささくれだった心を癒してくれる場所が確かにそこには存在した。
彼は私に肝心なことは何も訊かなかった。
何故だとかどうしてだとか。
だから一緒に居た期間は一ヶ月でも、その間にお互いの大切なことは何も知らなかった。
知ることは出来なかった。
好きな食べ物は何か、とか、今日はテレビでこんなのをやってたとか、概ねそんな下らない話。
たまにファミレスとかゲームセンターとかカラオケとか。
そんなところに連れてってくれて私を笑わせてくれた。
徹はバスケのゲームがとにかく下手で、リズムゲームもからきし駄目で。
運動神経のない残念なイケメンだ、と散々バカにして笑ったのさえ、今は思い出に、、なってしまうのだろうか。
