第3章 存在価値(山姥切国広)
今まで自ら誰かに話しかけたことなど無かったのかもしれない。これを言うだけにも相当の勇気が必要だった。
「ん」
こちらを見向きもせずノートをちょっと差し出す。ああ、怖い。見ても良いかなんて言わなきゃ良かった。どうせ俺の事を意気地なしのバカな奴とでも思ってるんだろ。
やるかたない恥ずかしさと虚しさに俺は狂ってしまいそうだった。早くその場から離れたい一心で書き写し、即座に席に戻った。
「うん、山姥切君正解だ。大包平君は・・・・・・これは惜しいねえ、円順列の時には一人を固定して解くんだよ。回して同じ並び方なら同じものとして扱うんだから、固定する人は場合分けをしなくていいよね。さんは、うん、正解だ。良く数珠順列を復習したんだね」
俺の扱いが軽かったのは、きっとあのと言う奴のを写したと見透かされているからだ。あの笑顔の裏で、先生は俺のことを軽蔑しているんだろうな。
家に帰って思い出すと、ろくでもない記憶であるにも関わらず今日の記憶は親しげに「久しぶり」と挨拶をしてくれた。良くも悪くもいつもと違って強烈に記憶に残っている。数学Aの授業の時だけは上滑りしている感覚はなかった。
それ以来少しだけ数Aの授業が楽しみになった。次こそはあの女の力を借りずにすむよう解いておくようにした。授業で当てられることはなくても宿題を済ませてあることは安心感につながった。
今日は数Aの授業はない。代わりに家庭科の授業がある。一学期は調理実習が二回あるが、その一回目が今日だ。
一、二限の生物基礎と英語はまるで何の知識も得られないまま終わった。授業に身が入らない。その原因は三、四限の家庭科だ。俺は料理なんて出来ない。しかも誰かは俺と同じ班になる誰かは足手まといを抱えて作業を進めなくてはいけない。憂鬱で仕方がなかった。
不運にも俺と一緒の班になってしまった奴の中にはいつぞやのもいた。
「あ、山姥切。最近はちゃんと宿題をやるようになったみたいだね」
たいして席が近いわけでもないのになぜあんたがそんなことを知っているんだ。俺があからさまに怪訝な顔をしていたからか、はあわててこう言った。
「ほかの授業と数Aでは山姥切の態度が全然違うから」