第2章 うつつのゆめ シンドバット [完]
王様に応えることなんてできなかった。どんなに素敵な贈り物をされたって、どんなに大切に見つめられたって、どんなに胸が痛んだって、どんなに心惹かれたって。だってわたしは、
(すき)
(だから)
あなたじゃないあなたを愛しているから。
そのことを、わたしはやっと、思い出した。
シン「――踊らないか」
王様がうつむくわたしの手をとって立ち上がった。
「恵みに感謝し、生きている喜びを謳歌するのがこの国の謝肉祭だ」
『どうやって踊ったらいいかわからないわ』
シン「なんだっていいさ。さあ」
王様の手に誘われて、戸惑っていた体がそのうち自ずと、聞こえてくる太鼓の音に合わせて跳ねたり回ったりしはじめる。くるくる流れていく視界。スマートなワルツなんかとは程遠い、めちゃくちゃなダンス。けれど、楽しかった。とても。生きていること、出会って別れることはわるくない。きっと全部に意味がある。そう思えるくらい。街の賑わいと呼応するふたりの拍動、笑い声。わたしは用意していたことばを告げなかった。告げる必要ははじめからなかったのかもしれない。王様は、多分知っているだろうから。これは日常のなかのほんの一瞬の饗宴だ。間もなく松明の火も落ちる。人びとは眠りにつくだろう。
もうすぐお祭りの夜が終わる。
(ラストダンス)
[完]