第10章 アザレアのひととき
食事を終え、彼女を先に風呂場に案内して、上がってきたところで気が付いた。
「おま…、部屋着は?」
『…き、今日はいい』
「良くねぇんだよ風邪ひくだろうが」
袋を渡そうとするもやだやだと嫌がる素振りを見せるそいつは、いっこうにそれを開けようとしない。
「仕事着で寝るんなら買った意味が無いだろ」
『……だって、買ってもらったから』
「どういうことだ」
『と、とにかく返して』
タオル一枚巻いただけで出てきてそんな近寄られても困るんですがお嬢さん。
「着るならいいよ」
『あ、ぅ…着たら抱っこできない』
「……ぬいぐるみか何か買ってきてやろうか…?」
『そういうんじゃないもん』
「じゃあ俺が着せてやるよ、それでもダメ?」
『……』
しばらく黙りこくってから、袋から手を離して俺にあずけてくれる。
OKなんですかお嬢さん、それでいいんですか。
袋から出してタグを取り、タオルを巻いた彼女の頭からそれを被せて下ろす。
恥ずかしそうにして目を合わせてはくれないものの、タオルを外してやればそこには予想以上にそれを着こなしてくれているそいつがいた。
マジでなんでも似合うなこんくな美人だと。
「よし、寒くねえか?」
『ん…』
「綺麗じゃん」
感想を伝えれば、少ししてからこちらに歩み寄ってきて、胸元をぽかぽかと叩かれ始めた。
照れ隠し、そうこれはきっと照れ隠し。
こんなわかりやすい誤魔化し方があるかと思いはするが。
と、そこで体力がきれてきたと言わんばかりに体重をかけて倒れ込んでくるそいつをソファーに運び、髪を乾かしてやる。
『なんでこんな至れり尽くせりするの』
「ん〜?お前が風邪ひくから」
『そうじゃなくて…、……もう知らない』
乾かし終えたところで風呂を交代して、出来るだけ急いで上がることにする。
にしても、本当に似合ってたな…なんて思いつつ上がったところで、そいつはいた。
脱衣所のすぐそこの壁に身体を預けるように座り込んでいるそいつが、ずっと扉の方を見つめて待っていた。
まるで犬か何かが主人の帰りを待っていたとでもいうような、控えめだけれど確かに寂しそうな、そんな目で。
「……ソファーから降りてきちまったの?」
『…うん』
「どうしたよ、そんな顔して」
『だって、中原さんがお風呂からいなくなっちゃったらやだから』
