第10章 アザレアのひととき
「はい、お先にどうぞ」
『……えと、お買い物し忘れたかもだから「ほーん?じゃあ俺も行くよ」いや、あの上司様がそんな事しなくていいし』
「早く入れ」
『ぅ、…』
中也さんの、お家。
お部屋…中也さんのいつもいる場所。
中也さんのにおいがする。
「何、入らねえの?」
『あ、ぅ……え、ええっと、その…』
「もしかして緊張してんのかぁ?」
『してない』
「……しゃあねぇな。…スリッパいる?」
私より先に中に入って、質問されるのにどちらでもと返せば、スリッパラックにそれを戻して好きにしろ、と選択を投げられてしまった。
あ、れ…どうしよう。
はいた方がいい?いや、うん、人の家だしそりゃあはいた方がいいんだろうけど…でも中也さん戻しちゃったしそこからとったら鬱陶しがられ…いやいやいやいや。
中也さんはそんな人じゃ…ない、と思うけど、気分が悪くなるならあんまり…………どう、しよう?
「?どうし…、……おま、…………足冷えっからやっぱりはいてろ、出しとくぞ。これな?分かったか?」
『!わ、わかった』
「よし、いい子だ」
伸ばされた手を、反射的に後ずさって避けてしまう。
あ、れ…?
変なの、いつも太宰さんにされてたはずなのに。
「……なあ、もしかして俺が何かしたか?」
『!?違っ、何にもされてな…い…』
「そうか、じゃあ俺は気に病むことねぇな?」
『そ、そう。中…幹部は「やり直し」やり直し…??』
「俺が一日くれっつった日、お前途中でほっぽり出したからな」
あ、と声が漏れ出て、思い出した。
そういえばそうだ、この人に言われたこと全部すっぽかして無かったことにして。
……ご飯、折角作ってくれたのに。
折角食べさせてもらえるチャンスだったのに。
自分で潰した。
『ごめんなさ、い』
「違うなあ、俺は謝ってって言ってねえだろ?」
『え…あ、ごめんなさい。…………あっ、』
「俺のことはなんて呼ぶんだっけ?リアちゃん」
どき、と胸の鼓動が大きくなって聞こえたような。
リアちゃん…リアちゃんって呼ばれるの好き。
__リアちゃん__
『…あ、えと…り、リアちゃんて呼ばな……っ』
「前は嬉しそうにしてなかったか…?」
『うれしいことしない、で…』
「…何があったか教えろよ。納得できるならお望み通り冷たくあしらってやるからよ」
