第8章 タイムリミットとクローバー
ゆっくりと大きな枕に背を向けさせて寝かせてくれるのに、正面から見られるのが恥ずかしくて早々に腕を回して抱きついて。
拒まれなかったことにホッとしつつも、こんないきなり抱きつかれたりくっつかれたりして、鬱陶しくないのだろうかと頭の中で迷走する。
いや、だってこの人、私のことを知ったから思ったように動いてくれているのだろうけれど別に私に以前のような情がある訳でも、記憶が戻ったわけでもないだろうし。
「…黄色にしようか、今日」
『……っ、…ふえ、?』
「薄めのやつ。外出すんのにエロいやつとかつけなくていいし」
『へ、…ち、中也さん…??』
「外で何かの拍子に見られでもしたらどうすんだよ、もうちょっと自分の可愛さ自覚してお前は」
先入観とか、色々入ってないですかそれ。
…いや、入ってるわけがない。
だって、恋人だったとか聞いたところで、今日、それも数時間前に知り合ったばかりの印象最悪だった女の価値観がこんなにすぐに変わるわけがない。
それに、以前の記憶だってないのであれば。
『…誰、の…台詞…?それ』
「?……お前に朝出会ったばかりの男の台詞」
ああ、記憶がなくてもやっぱり貴方は中也さんだ。
過去の事も、知りはしただろうけれど自分の意思で動いてくれる。
こんな、出会ってまもないところでそんな人に言われる言葉に、嘘があるとは到底思えない。
『っ、そう…そっかぁ、…そっか、』
死んじゃうかと思うくらいに、嬉しかった。
「…つけてやろっか」
『?さ、触りたいんじゃ…?』
「帰ってきてからでもいいわ、気が変わった…だからそれ以上可愛いことすんのやめて」
『!?ち、中也さんがデレてる…』
「…今更なこと聞くけど、こんな事されてもいいのかよ。分かってると思うけど、俺…覚えて、ないぞ?お前のこと」
『……いいよ。リアは、覚えてるから…何されてもいいの、中也さんになら』
髪を手ぐしで梳かすようにサラリと撫でられ、それから何の合図もなしに口付けが降ってくる。
触れるだけの、好きなキスが。
まだ、この人の事を悟る勇気は出ないけれど、この人が軽い気持ちで誰かにこんなことをする人ではないということなら誰よりも分かっているはずだ、私は。
「…こんな、情は湧いてくんのにな…っ、情けねぇ」
『……』
無理矢理脳をいじることなら、出来ないこともないけれど。