第8章 タイムリミットとクローバー
経口補水液を渡して、こちらに戻ってきた立原。
「…ね?全然元気じゃなかったでしょ、あいつ」
「俺の知り合いか?」
「本人に言ったら俺が殺されかねないから黙っててくださいよこれ」
殺されるってどんだけだよ、なんて苦笑いになりそうになるも、先程あのぬいぐるみを俺に見られたかと取り乱していたほどの奴だ。
並々ならぬ関係だった可能性さえ否めなくなってきた。
「まあ、知り合いだとしたらなんで俺が知らねえんだって話なんだがな」
「…中也さん、昨日組合の幹部からQのこと奪還してきたでしょ?」
「あ?ああ、まあなんでか汚濁二回も使っ…あれ、なんで俺二回もあんなもん…」
考えてみたら、おかしな話。
一度使えば十分だろうに、あんな化け物じみた力。
「ぶっちゃけて言うと、その二回目使った相手に一部の記憶封じられちまってるんですって。それもあいつの記憶だけ」
「…というと?」
「中也さんが口が堅いって信じて話しますけど、あんたリアの恋人だったんですよ」
聞き慣れない言葉に思考が停止する。
恋人?
恋人っつったかこいつ。
俺が……アレと???
「お前…あれがその恋人に対する態度に見えるか?」
「だからこそ気ぃ張りまくってんでしょ、心配かけさせないように」
「気ぃ張りまくってって…」
「自分のこと丸々忘れ去ってる相手の目の前で泣きつけるほど、あいつは子供じゃないんすよ。見たでしょう?さっきの。俺が寝かしつけるのさえ浮気みたいだとかって」
「なんで寝かしつけるだけで浮気になんだよ」
「そりゃあ不眠症のあいつ寝かしつけられる人間二、三人しかいないみたいですし。いっつも中也さんと寝てるんですから当然といえば当然なんじゃないですか?あいつすんげえ純粋ですし」
他人事のような口振りだが、本当に仲がいいのだろう。
よく知っているんだな、あいつのこと。
…って待て、俺が恋人って。
そんな相手に、存在ごと忘れられてるってことで。
「…成程、味覚障害に食欲不振、しかも俺が出ちまったから気ぃつかって無理やり食った結果戻しちまった……しかもその原因も俺」
「平たく言えばそういうことですね。これ教えたってバレたらマジで俺の命危ないんで頼みますよ?中也さん」
「脅されてんのかよ…」
「自殺するからってね。ほんと、変な事言わないでやってください」
自殺とはまた…厄介な。
