第8章 タイムリミットとクローバー
立原がそのぬいぐるみを手に取ってから、急いで向かうのは…何故か俺の執務室。
が、そこに行く直前になってああ、違った、と急に目的地を変える。
それから、誰がなんのために使っているのか分からなかった扉をノックして、立原だと名乗れば、扉の鍵が解除される音がする。
なのでそのまま立原が中に入っていくのだが。
「お邪魔し…、はぁ…」
やけに、ぐったりとした様子でソファーで横になるその少女。
扉の外に俺がいることには気付いていないらしい。
「お前、無理してかきこんだろ。顔色悪いぞ」
『…何ともないし』
「嘘付け、戻してきたんじゃねえのかよ」
『何ともないっての、…いいから暫くほっといて』
「昨日夜中中仕事してた奴が何言ってんだ、しかも全部人のやつ」
『……仕方ないでしょ、中也さんのなんだから』
名前をその声で呼ばれた途端に、胸の鼓動がやけにでかくなった気がした。
…いや待て、お前俺の名前知って…?
「だからこそお前がやらなくていい分だろうが」
『嫌よ、そもそも私のせいで二回も汚濁使わせちゃったんだから首領命令にでもして休ませな……っ、あ、中也さん…、』
今度こそ名前を呼ばれるのにバッとそちらを向いた。
が、少女の見ているものは立原の持っていってたあのぬいぐるみで、それに手を伸ばすことで初めてこちらにまで顔が見えて。
本気で、どこかやつれかけているような。
「慌てすぎて食堂に置いてけぼりにしてたぞ、大事なんだろ?」
『…うん、……っ、!!中也さんに見られた!!?』
えっ、と口を開きそうになったのを瞬時に閉じる。
「い、や…見られてねえけど」
『……そ、…良かった』
「…そのまんま一回寝てゆっくりしちまえばいいのに」
『不眠症だって忘れてんでしょ立原君』
不眠症。
また、初めて聞くお前のこと。
「そうだったっけ、お前中也さんにべったり過ぎて忘れてたわ。俺が寝かしつけてやってもいいけど?できるなら」
『…いい。なんか…浮気してるみたいで嫌』
「浮気って…睡眠優先させろよ、ぶっ倒れんぞ」
『いいよ、寧ろその方が楽』
「楽ってなぁ」
『……生きてるだけ偉いでしょ』
まるで、今すぐにでも死んでやりたいとでも言うような。
やけに弱々しい声は震えていて、今にもきえてしまいそうで。
「おう、偉い。いい子だ」
『中也さんの真似しないで』
