第8章 タイムリミットとクローバー
自分が落ち着きすぎると、怖い現実から目を背けたくなる癖はよく知っている。
だから私は、リラックスしてしまう前に、彼の元へと戻らなければならなかった。
お茶を頂いてから、太宰さんに手を引かれて、ポートマフィアの拠点に向かう。
森さんは一足先に戻っているはずだ。
「…明日から、どうするつもり」
『……戻るだけよ、どうするも何もない』
「君、僕にまだ隠してることないよね」
『態々言うようなことでもないことならいくらでもあるけど』
「………まあいい。中也ほど頼り甲斐があるかは知らないけれど、僕もそれなりに君の事は想ってるから」
君はまた、一人でなんでも抱え込んでしまうのだろうけれど。
なんて聞こえてくる心の声は正しくて、私はこの人に言っていないことだって沢山ある。
そう、沢山。
「じゃあ…行ける?」
『うん。ありがと…お願い、聞いてくれて』
「…できればあんまり聞きたくない願いだったけどね」
言ってから、頭を下げられた。
それを辞めさせる気力もない背中を向け、またね、と挨拶するしか私にはできないのだ。
死ぬつもりは無い。
それ自体が珍しい話なのだが、恐らく中也さんの功績が大きいのだろう。
どこにもぶつけられない気持ちなら確かにあるけれど、全ては結局、私の力不足が招いた結果にすぎない。
それこそ、Qを出すことで揉めたあの日にこの未来が視えていたならば…なんて、どれだけ後悔したことか。
馴染みの執務室をノックすれば、こちらから名乗らない事に違和感、そして既視感を感じたのだろう。
本来、部下が名乗るのが礼儀というもの。
マナー違反を犯す不届き者など、私くらいしかいないのだから。
「…リア、か?」
言ってから、簡単に施錠を外してしまう。
ああ、なんて不用心な。
私じゃなかったらどうしてるんだろ、この人。
鍵の開いた扉を開けて、ひょっこりと顔を覗かせる。
するとデスクで書類作業をしている彼に見つめられ…私の大嫌いな、憎たらしいほどに優しい笑顔で、幸せそうに微笑まれるのだ。
今が一番幸せみたいな顔をして。
何にも知らずに呑気に私を嬉しくさせる。
大っ嫌い、私の事おかしくしてばっかりの貴方なんて。
「ぷっ、早く入れよ。待ちくたびれてたんだぞ?こっちは」
『泣いちゃえば面白かったのに』
「泣かねえよ、帰ってくるんだから」
……大好きなの
