第7章 燐灰石の秘め事
椅子に座らせたまま髪を乾かして梳かして、ケアしていたため鏡で表情は見えるのだが。
どういう反応をすればいいのか、分からないらしい。
何度か見たことがある、この表情は。
「…何か言おうとしなくていいよ、ゆっくりで。待ってるから」
『……、』
くるりと後ろを向くように椅子を回転させてこちらを向き、勢いなく、力なく、俺の腰元に腕を回して引き寄せて。
甘えられないのも仕方なかった。
甘え方を知らなかったのだ。
甘えていいと、言われなければ分からなかったんだ。
「おー、可愛い子が来てくれた」
『…中也さんすき、…だいすき』
「ん、知ってる。ありがとう」
『……明日、お仕事行っちゃやだ』
「…それで、不安だったのか?」
コク、と素直に頷く少女は、さながら園児が駄々をこねるような物言いで。
しかし、この子がそこまで言う時は、大抵俺の事を思って言ってくれている時。
『だ、から…やだった、の……Qちゃん、出すの。誰も、いいこと無かった…のに、』
本人でさえも。
リアはあの餓鬼をやけに気にかけている節があったような気はするが、その実現あそこまで首領に反対してまで行動を起こすのは俺のためであって。
それがつい先日、ひとりにしないでくれと自分のために言葉にできたばかりの子だ。
「…明日、俺の正念場?」
『……やだ』
「俺が行かなかったら、お前が一人で解決しに行くつもりだろ?それ」
『っ!!』
なんとなく分かるさ、だってお前はそんなに優しい子なんだから。
人に置いていかれることに恐怖するあまり、自分を犠牲にするのに糸目がなくなるほどには慣れきってしまった子なのだから。
「一人でやるのは確かに嫌だな、そう考えると……リア、明日着いてきてくれる?」
『…え?』
「どの道どっちか選べってんなら、俺はお前と一緒に行きたいけど…どうだ」
『………“あれ”、使わない?』
そこまでして使わせたくないか。
そんなに考えてもらえるなんて嬉しいことこの上ない話ではあるが。
「基本的には俺もあんま使いたくねえよ。まあ、なんだ…お前の予知を信じてる身として、約束はできない」
『…使わない、で』
こちらを見やるその目は既に、今の俺に懇願するしかないのだろう。
つまりは、この子の見る未来の中で、俺が汚濁を使わないルートは存在しないというわけだ。
「…死なねぇよ」