第28章 【憂いの篩】
クリスは嫌な予感がした。腕に『闇の印』があるって言う事だけで十分不吉なのに、特別だなんて。まるで何かの呪いの様だ。先程『憂いの篩』の中で見た人々の驚愕する姿が再び目に浮かぶ。
「――くっ……」
クリスは吐き気がしてきた。それだけではない、目の前が歪み、眩暈までしてくる。いつの間にか握り締めていた手は、爪が食い込んで痛い程だった。
耐え切れず、クリスは一礼すると校長室を飛び出した。当ても無くただ、ただ廊下を走り回って、疲れ果ててそのまま死んでしまいたいと思った。だが、クリスのすぐ後ろを走る足音が聞こえた。
「待って、クリス!!」
ハリーの声だった。その声はどんどん近くなり、やがてクリスを捕まえた。クリスは尚も逃げようとしたがハリーが完全にクリスの行動を阻止した。
「クリス、どうして逃げるの?」
「ハリー……もう私に近づかない方が良い」
「どうして?腕の痣の事なんて僕気にしてないよ」
「君が気にしなくとも、私が気にする!!とにかく放せ!」
クリスは逃げようともがいたが、ハリーの力強い腕がそれを許さなかった。
「放せ!」
「嫌だ」
「放せ!!」
「嫌だ」
「放してくれ!!」
「絶対に嫌だ!!!」
ハリーはクリスの腕を簡単にひねると、両腕を掴み壁に押し付けた。
「クリス、僕は君の友達だ。それじゃダメなの?」
「違うんだ……ハリー。私は――」
「ちゃんと、僕の目を見て答えて」
「…………」
眼鏡越しに見るハリーのエメラルドグリーンの瞳は、吸い込まれそうなほど綺麗で、真っ直ぐで、だからこそ自分と言う存在で穢したくなかった。
この純粋な存在に触れたら、もう後戻りはできなくなりそうで怖かった。だけど――
「そこに居るのは……ハリー?それと、クリス?」
いつの間にか授業が終わっていたのだろう。気が付いたら大広間に続く廊下にいて、向こう側からセドリックがやって来るところだった。
振り返った瞬間、ハリーの腕の力が緩んだのを見逃さず、クリスは拘束から逃れセドリックに飛びついた。
「助けて……セドリック、たの……む……」
ずっと張りつめていた気が緩んだ所為か、セドリックの胸の中で、一筋の涙を流しながらクリスは意識を手放した。