第6章 魔女と名前
まるで、同棲中の恋人同士か
長年連れ添った夫婦か
和やかで
ゆっくりとした朝の時間
珈琲の芳しい香りがその空間を包んでいた。
アイリッシュは赤井から借りたであろうブカブカのシャツを着ている
いや、ボタンを真ん中二つしか締めていないので
着ているというより羽織るという表現の方が相応しいようだ。
その手には珈琲が半分ほど残ったマグカップが握られている。
『なかなか、良い豆だな。美味しい。だがしかし、どこか迷いのある味だ』
そう言うとアイリッシュはマグカップの中を覗き込んでいた視線を赤井の方に向けた。
『迷いと言うより、疑問か?私に何か言いたい事があるようだな』
じっと見つめられると
敵を仕留める獣のような
何もかも見透かしているような瞳
逃げられない。
「お前にはなんでも視えているのか?」
視線を絡ませ、一度降参したかのように瞼を伏せると
赤井は、少し考えて口を開く。
『まさか、なんでもは視えないさ。視えるものと見えるものは違う。今、私に見えているのは、困り果てた赤井秀一だ。』
ニタニタと笑うアイリッシュ
どこまでも、人を煽るのが上手いものだと赤井はため息をついた。
そして、思いきって
一つの質問をすることにした。
「本当にお前の前では隠し事ができないな」
『生きてる時間が違うからな。ほら、なんだ?早く言え』
「・・・お前、アイリッシュではなく本来の名前はなんと言う?」
深妙な面持ちで言い切った赤井を他所に
そんなことか!!と名前はケラケラと笑い出した。
『あーーすまない。名前か?名前なら』
アイリッシュスゥーッと息を吸う
『マリア、リリィ、エマ、シャーロット、アイシャ、ビアンカ、クゥシン、おゆき………et cetera』
アイリッシュが言った名前の中には様々な国の
様々な名前があった。
日本名らしきものもあるが、時代が違うらしく
近年の名前ではない事を察する。
「長く生きていればということか?」
『そういうことだな。元々の名前なんて忘れてしまったよ』
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魔女と名前 ①静かな時間