第1章 物語の少し長い冒頭
時は18××年
大日本帝国憲法が発布され、法治国家となったこの国で、私は家の食い扶持を減らすとの名目で、七歳で遊郭へと連れられた禿でした。
政府に公認された遊び場 遊郭。
愛を売るその街で、私はそこの引っ込み禿をしていました。
三味線や舞を、楼主や内儀に習う毎日。
そんな中、私の数少ない楽しみは、見世の姐様との 唄のお稽古でした。
「お前は唄と廓言葉だけはヘタクソねえ」
「わ、笑わないでおくんなまし!真面目にやっていもうすから!」
コロコロと、上品に鈴が鳴るような声出笑う姐様。
「ほら、もう一度唄ってあげるから、続けて」
今日も私は あの人を紅い鞠をついて待ちます
この鞠が百つければ あの人は今日来るでしょう
鞠が百つくと
紅い鞠が手から落ちて
地面を転がってあの人の草履に当たりました
あの人は手毬を拾って
私に笑いかけるのです
私は姐様が大好きでした。
姐様の唄が 大好きでした。
姐様は遊郭生まれの、遊郭育ちと聞きます。
姐様は外の世界が気になるようで、よく私にここに来る前はどんなところにいたのかと聞かれました。
「家から少し離れたところに、綺麗な小川があるんです。夏には丸々と太った鮎が捕れて、それをみんなで、塩振って焼くんです」
「まあ鮎を!川に入るの?冷たくなあい?」
少し世間知らずではありましたが、夜になると姐様は人が変わったように、美しく賢い女性でした。