第12章 分からない男【赤司征十郎】
征十郎は妊娠判明から一度も欠かすことなく一緒に通院した。
両親学級にも参加して、妊婦体験もした。
徐々に成長していく子供を見ると、嬉しくてたまらなかった。
妻に陣痛が来て、あせって小橋に連絡をしてしまったが、小橋がスムーズに山崎と連絡を取り、無事に病院にたどり着けた。
立ち合いを望んではいたが、陣痛室で子供の心拍が落ちているといわれ急遽帝王切開になり、立ち合いは叶わなかった。
妻と子の無事が確認できた時、自然と頬を伝う温かい感覚があった。
生まれて3日目
息子が生まれた病院と同じ病院に入院する父のところに3人で会いに行った。
征臣は一日の殆どが眠っている状態だったが、その時ははっきりと目を開けて生まれたばかりの孫に手を伸ばした。
喋れるとは思っていなかったが、征臣はしっかりとした口調で征十郎の目を見て言葉をだした。
「お前は間違えるな」
征臣は自分の征十郎への接し方にたくさんの後悔があった。
だが、それを認めてしまえば、より征十郎を苦しめる。
それでも、自分の息子には自分と同じ過ちを繰り返してほしくない。
「あなたには感謝しています」
征十郎は分かっていた。
征臣がこれまで自分にしてきたことはすべて、赤司という巨大な権力に征十郎が飲み込まれないために唯一できることだったということを。
そのおかげで今の自分があることも、征十郎は誰より理解していた。
「たくさんいたずらしておおきくなれよ」
征臣が孫にかけた言葉はこれが最初で最後だった。
征臣が引退していたとはいえ、葬儀を小規模にすることはできなかったが、納骨は家族だけでと決めた。
代々の赤司家の人間が眠るこの場所に父が入る時をこれほど穏やかな気持ちで迎えることができるとは想像していなかった。
「ちゃんと母さんに苦労かけたと謝ってください」
納骨を終え3人で車に向かう途中、妻が問いかけた
「どんなお父さんになりたい?」
「分からない。けど君と息子を幸せにしたい」
産まれても答えは出なかった。
けれど、決意することはできた。
きっとこれからも正解は分からない
けど分からなくてもいい。
妻と子が幸せであれば分からなくてもかまわない。