第12章 分からない男【赤司征十郎】
「征十郎さん。今少しいいですか?」
「あぁ。構わない」
ノックされた扉の向こうに返事を返すと、彼女は自分が通れる分だけ扉を開いて、その隙間から体を滑り込ませるように部屋に入った。
時刻は既に日付けが変わったあと。
昼間は何人もの使用人がいるこのお屋敷も、この時間にはすっかり静まり返っている。
数年前、赤司征臣がまだ当主だった頃、赤司家の使用人は全て、性別年齢関係なく3交代制で 、“眠らない屋敷”とすら言われていた。
征臣が病に倒れ、企業人としても当主としても役を果たせなくなり、一人息子である赤司征十郎が跡を継いで、真っ先に彼が手をつけたのは、赤司家のシステムを変えることだった。
使用人は2交代制
住み込みの使用人も含め、夜10時以降の勤務はなし。
事情により日勤のみの者も夜勤のみのもいる
家族やプライベートを大切にして、赤司家のためではなく自分のために生きて欲しいという思いから、当主についてわずか数日で変えた。
赤司家は代々結婚相手は家同士で決めてきた。
当然征十郎の相手もビジネスに最も有利な相手を征臣が決める
それが赤司家のやり方であり、名家を途切れさせることなく繁栄させた手段でもあるからだ。
けれど、征十郎はそれをよしとしなかった。
企業人としての赤司征十郎は全て家業に捧げる。
けれど、自分の人生は自分のために生きたい。
誰の人生も赤司の犠牲にしない
家同士の繋がりなどなくてもそれと同等以上の利益をもたらせる方法はいくらでもある。
征十郎が初めて父に意見した瞬間だった。
眉をしかめたものの、いいとも悪いとも言わず、ある会社の財務三表を渡した。
「立て直せ。期限は2年。それ以上はない。戻っていい」
目も合わせず差し出された資料を受け取り、征十郎もまた父を見ず頭だけを下げて、かつての赤司財閥の総帥たちの歴史が刻まれた鈍く光るマホガニーの執務机に背を向けた。