第10章 のらない男【黄瀬涼太】
「うちの嫁、まじ有り得ねぇ。話通じなすぎる」
「なに。また喧嘩?」
とある企業の休憩時間。
ふだんからつるむ2人の男性社員は、家庭内の出来事のうさを晴らそうと愚痴をこぼし合う。
「今回は絶対謝んねぇわ」
「なに、どしたん?」
「俺昨日取引先と飲みでさ。帰ったの3時。ここまず前提ね」
ここが重要なんだと言わんばかりに念を押すのは営業8年目、中堅社員の吉岡。
「はいはい。3時帰宅ですね」
確かに重要だ。とでも言いたげに復唱するのは同期の中岡。
コンビニのパンにかじりつき、くちゃくちゃと咀嚼音を立てながら吉岡が話を進めた。
「夜の洗い物は俺担当なのよ何故か!まぁここも意味不よ。嫁定時上がりだし。でも、今それは置いといて。昨日は3時帰宅で接待で疲れてんのに洗い物きっちり残ってたわけよ」
「うわー……ないわー」
「だろ?その時点でなしな訳じゃん。常識的に」
「絶対なし」
「で、朝。残ってんの。ほんで、嫁いたから言ったわけ。洗い物しといてくれてもいいじゃんって」
「したら??」
「帰宅して休む間もなく子供たちの世話して次の日の用意もして、連絡なしに飲み会に行くアンタのご飯も作った私によくそんなことが言えますね。だと」
「はー???吉岡のおかげで生活出来てんのにないわー」
「あーマジムカつくわ。これから洗い物やらねぇことにするわ。当たり前だと思われんのまじ腹立つ。結婚まじ墓場。地獄。
黄瀬もそう思わん??」
「いや、まったく」
間髪入れずに聞かれたことに答えたのは黄瀬涼太
2人とは同期で課長代理
「まぁ、黄瀬の嫁さん美人だしな。あれなら許せるか」
「顔どうこうじゃない。妻と息子が居なきゃ俺なんて仕事すらしてるかどうか。地獄どころか俺にとって結婚は天国っスーーー」
パソコンの画面だけを見て返事をする彼は軽い口調で返して、今日は社内処理が忙しいと言ったら片手で食べられるようにと妻が作ってくれたおにぎりの最後の一口を口に入れた。