第2章 僕の隣
「ねぇ」
彼女はこれから僕が何を言うか予測しているようだった。
「僕、貴女が好きです。」
「私の名前も知らないのに?」
彼女の表情が「僕には無理だ」と物語っていた。
わかってる。貴女の事何も知らないし、貴女も僕のことを知らない。
同じバーの常連。隣に座って話す。それだけ。
でも僕は踏み出したい。本当の意味で、貴女の隣にいたい。
「知らないよ。でも、貴女の会社の人も友達も知らない、このバーでの貴女は僕しか知らない。」
滅茶苦茶な理論。でも、そうじゃないか。
すぐ諦めると思っていたのか彼女は驚いたような表情をした。
そのすぐ後に面白がっている風な、挑発的な笑みを口許に浮かべた。
「いいわ。だったら、私を惚れさせてみなさいよ。」
なんとも彼女らしい提案だ。
僕も面白くなってくすりと笑った。
「わかった。すぐ惚れさせてみせるから、まってて。」
その後彼女は未だ見たことないくらい上機嫌だった。
ぱっと見いつもと変わらないが、僕にはわかる。
だって、ずっと隣にいたから。
これからも隣は僕のものだ。
「これからレイトショー観に行かない?」
「嫌!名前も知らない人と映画見たって楽しくないもの。」
それもそうか、と名乗ることにした。
まあそれを言ったら彼女だって名乗ってないけど。
「僕は悠人だよ。ね、もう名前知ってるじゃん。行こうよ。」
「そういう事じゃないってば、もう。」
子供に言い聞かせるような口調だったが表情は笑っていた。
楽しい。彼女と話すのはいつだって楽しいけど、今日は特別楽しかった。
「じゃあ名前教えてよ。」
「んー、そうね、私が貴女の事悪くないかなって思ったら教えるわ。」
どこまでも強気な彼女。
いつかは弱味さえも見せてくれるだろうか。
「見ててよ。1週間でおとしてあげるからさ。」
彼女はやってみなさいよ、と笑うとカクテルのおかわりを頼んだ。