第5章 理由その5
「随分と色気のない場所でのデートね」
「……」
長い前髪を靡かせたマイトさんは無言で私に背中を向けたまま、冬の海を見下ろしていた。いつもの彼とは違う雰囲気を感じるが心当たりは無かった。
マイトさんに呼び出されて向かった場所は海風が寒々しいひと気の無い冬の海だった。
春も近いが海沿いの岸は未だ冬の光景。
「デートには似合わない場所」
強風に巻き上がる自分の髪を必死で押さえながら私が言う。冷たい言い方になってしまったけど呼び出しておいて無言のままのマイトさんを責める気持ちもある。
「誰にも邪魔されたくないんでね」
私の棘に気付いたのかマイトさんが苦笑いしながら振り返る。細められた目と見慣れた痩せた頬がやっとこちらを向き、私は安堵の溜息を吐いた。
「どうしたのマイトさん?」
マイトさんは髪と服を靡かせ私を見る。手を伸ばし数歩歩けば届く距離が私達の間にはあった。
けどそれをしない、出来ない雰囲気が彼に漂う。
…彼とは一度だけ体を重ねた。私が誘い、そして彼は応じた。
ほんのり浮かんだ恋心を確認したくて、私がオールマイト以外に初めて興味が湧いた彼の事を知りたくて。
情事の最中はそんな雰囲気は無かったけれど、時間を置いてマイトさんが私を軽蔑したのかな、とも思う。
誰にでも抱かれる女だと思ったのかもしれない。
私はヴィランだ。道徳観が抜けてる自覚もある。だけども。
(好きでも無い男に抱かれるほど安売りはしていない)
それだけは本当だ。
(そう言えば私はマイトさんの事全然知らないままだ)
知っているのは彼の体温、彼の味、青色掛かった瞳の色、理由を言わない大きな左胸の傷だけ。
転職したと言っていたが仕事内容は聞いてないし、マイトさんの個性も、阿呆な事に苗字すら知らない。
一言だけ呟いてからも沈黙したままのマイトさんだけれど、喋りたく無くて黙っているという感じではない。視線を泳がせ何だか会話の糸口を探っているようだった。
「マイトさん、転職したって言ってたよね。今はどんなお仕事してるの?」
沈黙したままの雰囲気に耐え切れず、私から口を開いた。
「教師さ」
肩を竦めてすぐに答えてくれた様子に、ほんの少し安堵する。しかしすぐに疑問が湧いた。