第1章 私のこころの行方
娘は、信長の姿を目にした時、あまりの雄々しい姿にハッと息を飲んだが、きゅっと姿勢を正し、正座をしたまま、深くこうべを垂れる流れる様な所作は一点の曇りもない。いや、それ以上に美しい。
『お初にお目に掛かります。
私は、茉莉花と申します。
本日は、信長様の大切なお時間をこのような私めの為に割いて頂き、恐縮でございます。
この場に来て頂きながら、誠に失礼だと思いますが私は、信長様のお側にお仕えする事は出来ないのでございます。
いくら、天下人たる信長様でも私の心までは、お取りになる事は出来ないと思っております。
私は、私の心を振るわせる事ができるただ一人の殿方と一生を添い遂げたいと考えておりますゆえ、このお話は、信長様の方からお断りして頂きたいと考えております。
理由は如何様にもつけていただいて構いません。
さすれば私の父も諦めがつくと思います。』
そう言い、娘は、また、深々と頭を下げてゆっくりと身体ごとこちらに向き直った。
その時の瞳は、何者にも媚び諂う事はなく
真っ直ぐに信長を見つめていた。
突然の娘の言葉に、信長はあっけにとられていたが、茉莉花の言葉に答えるように信長は、
『そなた、茉莉花と言うたか。
何故そのようなことを言う。
お前の父は、貴様を、この信長の正室にしたいと思い秀吉に見合いの話を持って来たのであろう。』
茉莉花は、じっと話し始めた信長を大きく柔らかな瞳で見つめて話を聞いている。
『武士の娘ならば、父の言葉は絶対。
死ねと言われれば、娘であろうとも命を絶たねばならぬ。
武士の家系に生まれしお前は、その父の意思を、お家の意向を無視しなおかつ、この俺からこの話を断れと言うか、、、』
『はい。
もちろん心しております。
父の言葉は絶対でございます。
命を絶てと言われれば、私も武士の子もちろん、自ら命を絶つ覚悟はございます。
そうして、この様なお話をしております以上、信長様から私への懲罰も覚悟しております。
ですが、私が嫁ぐ先様これだけは、決して、譲れないのでございます。』